今、高4(留学のため)の娘が、高1になったときのこと。
「(公立)中学の調理実習は、全然、スムーズに進まなかったのに、今度の高校の調理実習は、私なんか何もしなくても、男の子も含めてどんどん進んで、さっさと出来上がった!」と驚いて報告したことがあります。
いいことだと思いますが、それがだんだんすべてに及びだし、パーティの合同練習でもなんでも、いろんな年齢の子、個性の子がいるから、彼女にとって高校のようには進まないわけで、比較してうまく進まないもどかしさを感じているんじゃないかなと思ったことがあります。
ラボより、外の世界のほうが、何でもレベル高くうまく進む。自分が目指すことも、やりたいことの充実感、達成度も。
今は、15周年も仲間と一緒に本音で乗り越えて、小さい子の感性の鋭さもかわいらしさも思い出して、またラボでやることの充実感、楽しさ、個性豊かな仲間の良さを思い出したようで、違う感覚を持っているみたいですが、一時期、ラボより高校や、大学に近い各種団体で「スムーズにレベル高く」進むことに価値を見出しているように見えたときが、娘にありました。
そんなときに、私が伝えたかったことは、藻谷さんのキャンプ感だったように思います。
人間社会、いろんな人がいる。社会人になって自分が何かを達成しようとするとき、万が一、社内には自分と粒のそろった人しかいなくても、顧客となる人たちは、多様な人たちであるはず。その人たちと関わり、気持ちをつかむには、ラボのような異年齢、他地域、異文化のあるところで自分を鍛えたほうがいい。
「人心をつかむスキル」 これを身体で高大生の多感なときに、獲得できる方法の一つがシニアメイト体験であると思います。
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