こんなメンバーで学んでいます

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クリスマス会での集合写真

2014年11月29日土曜日

松岡享子さん講演会

都立多摩図書館の講演会でお話をうかがってきました。満席でした。

良い本とは、その子によって違うのだ。
本をよく見るより子どもをよく見ようという、真剣に子どもと関わり続けて来た方の気概を感じました。
おそらく、このような講演会に来る人はすでに良いといわれる本には親しんでいるであろうという観点からのお話でもあったかなと思います。大人が寄り集まって、本だけを話題にして子どもを見なくてはなんにもならない。

その上で、子どもが16歳まだに読める本は多くて5〜600冊とのこと。その頃に読む本と大人になって読む本は受け取り方の質が違う。私が思うには、そうするとかいけつゾロリなんかと出会ってる時間がもったいない。

1990年台に、松岡さんのお話をうかがったときは、子どものイメージ力や本読む力が心配な状況とおっしゃっていた気がします。今回は、経済状況が悪いと逆に子ども達を取り巻く環境は良くなってるとおっしゃっていました。


私も、英語力に気を取られるのではなく、その子にとって良いお話に、ちょうどいいタイミングで出会わせることを意識していきます。その方が、イメージ、言葉への感性が豊かになり、結果として英語も豊かになるわけですね。

2014年11月28日金曜日

子どもにとっての英語学習のモチベーション

英語が必要と思っている日本人の小学生、とくに低学年はどのくらいいるでしょうか?

学校にも子どもの生活圏でも、英語でないと通じない、不便に感じる場面が子どものうちはまだないのです。

それが、2020年に小5,6には正式教科として、そのうえ、点数でも評価されるものとして出会う?そうして出会った英語って、子どもにとって学校の勉強のうちの一つ。どうしても音楽、図工、国語が好きで得意である必要はないように、英語もその位置で落ち着いてしまった子たちの場合は、
英語でコミュニケーションがとれる大人になる可能性は、今までの教育同様低いわけです。

学校の教科として出会う前に、日本人の自分の今の生活の身の丈に合った場所に置いて長いこと親しみ続けることができれば、小学生の間に発音も良く、ヒアリングもできる子になります。
 中学生以上は、それまでに身に付いている英語の語感も受け取れる能力をキープしつつ、読み書きの充実を集中的にやっていくことで、将来、日本の大学入試にTOEFLが導入されても対応できる。
 当然、読み書きの内容、TOEFLに出てくる文章を読みこなせる知性がないとだめです。高校生までの間に、学術的な文章にも日本語、英語どちらでも読める子になりつつ、自分の意見を言いたい子し、言える子に。

 「これからの英語教育」というタイトルの記事を読むと、最近は、英語はツールであり、発言の中身を発信できるように、日本語でしっかり考えられる人、意見がいえる人を育てることが大事とくぎをさす論調が増えてきて、ラボにとっては応援団のように感じます。

 大人で、ネイティブの英語の物まではなく、日本人として発信できる英語をと考える人が増えてきた好ましい状況は大歓迎。 
  でも、子どもにとっての英語学習のモチベーションは?
保護者に、英語環境ならぬ、日本の置かれている状況をさりげなく伝えてもらうなど、保護者会でお伝えしたいような内容はいろいろありますが、まず、その子の好きなことのそばに英語をおいて楽しむ。

 工作が好きなら、ライブラリーを聞きながら、出てくる場面をつくる。
 クイズに答えるのが好きなら、ライブラリーからクイズを出す。
 みんなでワイワイと相談しながら、楽しむのが好きな子は、、その子の活躍する場面を作りつつ、
テーマ活動をする。
 英語の歌でゲームをするなかで、自然と英語もいえる。
 物語が好きなら、さらにその世界の中で豊かに遊べるよう導入し、認める。
 保護者の方とも連絡をとりあいながら、その子の今にそった方法で英語をそばに楽しく置着続けること。

 こんなことを10年間も続ければ、気づくと副産物的に、その子の個性も、人とのコミュニケーション力も、自己肯定感も育つ。
 さらに気づけば地球規模になってきた生活に対応しつつ、人生に幸せな気持ちで向きあう子がたくさん育っている。このラボメソッドのさらなる副産物は、他の子の成長もともに喜びあえる保護者の方と関われることでしょう。



2014年7月10日木曜日

高校一年留学は、これからの人生の選択肢を深く豊かにしてくれる。

たしか高校留学のポスターに「どんな10代をすごしたらなりたい大人になれますか?」というのを以前見つけ、なりたい大人になるためには留学しろってことをいいたいんだろうなとは思っていました。そして、それを見たら、留学中のYはどう思うんだろうなと考えたことも思い出します。
帰国して、地区の壮行会でスピーチをするにあたり、現地で書いたレポートをベースにするというので、よませてもらいました。
違う環境での経験を自分の力として蓄えることができたこと、自分が得たものがどんなことかを現時点でも気づき始めていることが伝わってくる力強い内容でした。
この経験が、彼女のこれからの人生の選択肢を深く豊かにしてくれるだろうことを、送り出した私にも見て取れました。まずは安全にご両親のもとに帰国することを願う日々でしたが、やはり、こうしてその中身も本人の力で充実したものにしてきたことを知ると、いろいろな子に一年留学に挑戦してほしいと強く思いました。
2010年に高校留学して大学生になり、今はチリの大学に留学している娘は、現地で今、スペイン語で授業を受けつつ、英語は母語のように友人たちとかわしつつ、「ラボで英語を学んだこと、中二の一か月ステイ、高2の一年留学があったから、自分はいまここで、堂々と自分らしく生きていると胸をはっていえる。」と生活を楽しんでいる様子を報告してきています。(高校は一学年下に下がったけれど、下で一緒になった友人が現在チリを訪ねてきてくれているらしいので、どこにどんな友情があるかも予測できない)

その子には、その子の留学の「物語」がある。その一つを垣間見ることができるので、Yに頼んで以下に掲載させてもらうことにしました。

I spent 10 months in Bangor, Maine and learned many things that I would have never learned without this experience. I experienced too many things to explain in one essay but my life changed in three major ways: I faced many new experiences, I learned English (with a lot of effort) and I noticed how fortunate I am.

First, there were a lot of new things for me in my life there. My host family liked outdoor activities and they took me to their lake house, where we went canoeing and kayaking. They also took me hiking, skiing, and biking. I had never tried most of those activities, especially cross country skiing but I joined the ski team and enjoyed it a lot. The school was also full of new experiences, such as choosing all classes by myself, joining 3 sports teams that are dependent on seasons, and talking with teachers like they were friends. It was scary for me to try new things but was also fun and I found myself in many ways. There were also many times when I could only think of going back home. I remember having a hard time with asking for a ride before I needed one, and that made the relationship between my host mom and me worse. I got scared to ask anything because I didn’t want to get into trouble any more. I don’t think that makes sense for anyone other than me but I felt that way and it was hard for me to talk to her. But when I finally went back to Japan and she gave me a hug and said, “Good luck,” I couldn’t help crying because I realized she was thinking about me and had treated me as her child. It was also my first time not getting along with someone that much and found him/her as a great person at the end. I also met the nicest person I’ve ever met in my life - my host sister. She was helpful to me anytime even when she was in a bad mood and it was very nice to have her as my host sister. It was new feeling for me to think about someone that nice because, of course, I hadn’t met my host sister before but also because I had room in my mind to think about someone deeply and could appreciate him/her honestly.

Second, my English got better through this program and after half of the year, I could feel it. I couldn’t speak English and  it was much harder than I had imagined; when I got there so I only said yes or no. It wasn’t fun to say those 2 words but I just couldn’t think of any other word right away. I was embarrassed to speak up because of my poor English but I knew that I needed to speak up and so I decided not to be a quiet girl but to be chatty one. After more than 3 months of trying not to be a quiet girl, I was able to talk to friends and since then, I have also learned useful expressions for conversations from those conversations with them. My host family also corrected my English when I made a mistake using it so I think I learned good English. For my writing skills, I could see the improvement in the essays that I wrote over the 10 months. At first, I had no idea how to write them and it was hard for me to finish a page of writing even if I had a topic that I liked; but now, I can write any essay of three pages without that much effort. After the program, I could think, not only to write what I want to say but also to use a better way to explain my idea by using other sources. My ability to read English also got a lot better from last August by reading a lot of books. I wasn’t a “reading person” before I went to America; however, my host family loved to read and they spent a lot of time reading books. It wasn’t unusual for them to spend whole afternoon reading a book if the weather were bad. I didn’t like reading books and the first book that I read there took me 2 months to finish. But I didn’t have other choice so I continued reading some books. After a couple of months, I started to enjoy reading because it was good way to study English and I also liked some detailed descriptions in the books rather than movies. I became a “reading person” because of my host family and I appreciate them for giving me the great life-long hobby. I read 23 books in 10 months!

Finally, I noticed that I was very fortunate to be there, doing what I wanted to do although I sometimes wanted to go back home badly. I probably would not have gotten to read that many books nor have gotten to do many outdoor activities if I had gone to different family. Without all the things and the people that I know of through my life, like LABO, I wouldn’t have been able to try this program and learn these things. These thoughts make me ponder for a long time and allow me to consider myself fortunate. I also found myself alone there and feeling sad because my family wasn’t near me and that made me realize how dependent I was on my family and how important they are for me. For the first time in 18 years of my life, I thought about my family a lot, not missing them but just feeling that they are a big part of me. I have appreciated them for being my family ever since then and I will never forget this gratitude. That also makes me feel fortunate.

All things considered, although there were some hard things to overcome, I learned many things from those experiences and found the things that I would never have found if I hadn’t tried this program. I think it was worth the effort for me to go to America for 10 months and I’m glad that I got to go there. Thank you very much to everyone that supported me on this trip!


2014年5月29日木曜日

子どもはどうすれば多様性を受け入れられるようになるのだろう。

今の日本の一般的な学校教育を受け入ている子ども達が、どうすれば、世界にはいろいろな価値観、場合によっては全く自分と違う考え方があり、それを尊重することを、こころで学べるのだろう。

「古代ギリシャのいいこと図鑑」を使って話してみました。

今回は、ギリシア神話をテーマに小学生クラスが英日で学び、できれば冬には英語だけで発表したいと高学年から申し入れられました。
 でも、まだみんなの手元に一緒に聞けるライブラリーがない。そんな時は、ゆっくりギリシアにふれようと、小学生向けの本をかりてきて一緒に見ました。

 まずは、「日本でいいことっていわれてるのはどんなこと?」
意外と子ども達は答えられない。
 「いいことしたねっていわれるのはどんな時?」
 学校でいい成績をとるとか、お年寄りに席をゆずるとか、そんなことがぽろぽろと出てくる。
最近入会した子が、「ニュースでいってたけど、線路で倒れてしまった男の人を助けたとか」と話してくれる。

 では、古代ギリシアのいいこと図鑑にはなんてかいてあるか見てみよう!

 「今から約2500年ほどむかし ギリシャで…
美しくて たくましい文明が頂点をきわめました
エーゲ海の島々がうみだした(この中のひとつがセリポス島だね)
人間と神さまの世界
古代ギリシャがたいせつにしたものは
のちのさまざまな文化のお手本になりました」

1ページめをよんで次をめくると、こどもたちが「ぎゃー!」「わぁー!!」と悲鳴をあげる。

「はだかはいいことだ」と大きな文字と一緒に、アルテミシオンのゼウス像の写真が出ている。

はずかしい~という子どもたちに言い聞かせるように本の文章を読みます。

「あっ、はだか!はずかし~ぃ」なんていうのはどこのどいつだ。
オレさまは神々の王、ゼウスさまとしてつくられた。超一級の男性像なんだぞ。
中略
服をまとってかくすなんて、ああ、はずかし~い。」

ずいぶんびっくりする方法で、自分たちと古代ギリシャの価値観の違いを知らせてしまいましたが、
次々と続きます。

「美しいことはいいことだ」(ミロのヴィーナス)
「踊ることはいいことだ」(踊るサテュロス)
「ほほえむことはいいことだ」(ぺプロスノコレーのアルカイックスマイル)

このスマイルには、みんな、これはいいねえと声が自然とあがるので、すかさず
ホームステイに必要なものの一つがこれであることを伝える。

「きたえることはいいことだ」(円盤投げ)
ペルセウスが、投げたのもこれだ~、普段からきたえて投げてたんだねえとみんなで納得。

「勇敢なのはいいことだ。」(ヘラクレスがライオンと闘っているところ)
「名をのこすのはいいことだ」(さいころをふるアキレウスとアイアス)
「こわいものが」いるのはいいことだ」(メドゥーサ)
 これはまさしくペルセウスがとり、アテナにささげたもの。魔よけのおまもりとして、こんなこわいものを屋根やよろいにつけたなんて感覚、理解できる?ときいてみた。

 
Tだったら、こんなこわいもの家の中に飾るのはいやだなあ、これって大人の感覚?というと
子ども達は、これはすんなり理解できるそう。
怖いものだから、もっとこわいものがこないように追い払ってくれるんだよといってました。

「いろいろいるのはいいことだ」(パルテノン神殿フリーズ)
「いろいろいるのはそりゃたいへん。でもみんながないたり笑ったりしながらともに生きる
それが古代ギリシャのいいことなんです。」

さて、まだCDもないからこそ、ゆっくりと導入できるのもいいところ。
こうして心にたまったイメージが、CDの英語、日本語の余白の部分にたまり
語彙が深まるのです。





 

2014年4月4日金曜日

この春も発表会ノート実施にあたり、昨年のお知らせを再度掲載。

おうちのかたへ

「発表会ノート」の実施について

発表会ノート担当 ☆☆

 今回☆☆パーティでは「発表会ノート」を取り入れることとなりました。中高大生クラスの話し合いの中で、「毎回の発表会での自分の成長を振り返ることができるものが欲しい」という意見が出たことがきっかけで実行に移した企画です。発表会ごとのがんばりを記録することで、やる気を高めることができます。また幼い頃から自分を客観的に見直す機会を設けることで、自発的に「英語がうまくなりたい!」「みんなのリーダーになろう!」といった向上心を持つことも狙いです。

 

<発表会ノートの使い方>

一人一冊ずつノートを配布しました。毎回の発表会ごとに「発表会前の準備シート」、「発表会後の振り返りシート」を配るので、それをおうちで記入し、ノートに貼ってTに提出してください。次の発表会までT宅で保管します。空いているページは、写真を貼ったりメッセージを書いたり、自由に使っていただいて構いません。

*今回は初回のため、「準備シート」は発表直前に配る形となりましたが、次回からはもっと早い段階で配り、準備期間を含めた目標を立てることを予定しています。また今回はどちらのシートもすでにノートに貼ってあるので、各自自宅で記入し、新年の一回目のラボの時に提出してください。

 

<年齢ごとのノートの使い方の目安> *あくまで目安です。個性にあわせて使ってください。

幼稚園~小学校低学年

なんのお話をやったのか、なにが楽しかったのか、おうちの人と一緒に自由に書きたいところだけ書く。絵などもOK。「今回は○○がうまくできたら、次もがんばろうね!」など、褒める機会にもなるといいなと思います。

小学校高学年以上

じっくり考えて自分と向き合って書く。質問の意味を理解しきれないところは、おうちの人と一緒に。セリフ覚えだけでなく、自分のクラスの中での役割など、リーダーとしての働きも含めて振り返るとより役立つと思います。

 

何年か後に見返した時、子供の成長を家族で振り返ることができるようなノートになればと思います。ぜひおうちの方のご協力をお願いします😊

2014年3月26日水曜日

有効な質問は出来るけど、有効なことばがけはたまにしかできない。

子ども達に質問をなげかけることは意外と簡単にできる。

でも、有効なことばがけをして、行動を変えるのはとても難しい。
どんな言葉が、その子に響くのか。

きょうは、数少ない有効な言葉がけが出来た日。
そして、準備せずにいったことは、今思い出せない。
ただ、こどもたちが私のことばを繰り返し、行動を変えたのだけは
わかった。

きょうは、Xがリーダーだよ。時間通りに進んでないね。
Xがいきなり「はやく はやく!」
 人の動きを見てない。人の気持ちをくんでない。目先の楽しい感情に動かされてる。
それが私の観察。

 その一方、自分がその場その場で楽しむことより全体をじっと観察してる子(C)もいる。
全員が見えるところで、いつも、いま何がおきようとしているのか、何を私が起こそうとしているのか
感じ取ろうとしている。
 質問 「いつも大人で、全体を考えて行動してる子がいるけど、誰だと思う?」
数名がCを指さす。

 これからここでやろうとしている大切なことはね、他の人がどう感じているか、人の話をしっかり聞いてわかって、動くってことだよ。
 そういう時に、ここ二人だけで楽しんでるとか、全然、人がどう考えてるか聞こうともしないとかって、こども(おこちゃま)だよね。
 みんなで協力するときに必要な態度ってどんなこと?それができなくていつまでも子どもだったら、社会の一員として働くことだってできないんだよ。大切なことができてないよね。
 
 自分の持ってるいいところ、たとえば、お話を聞いて人よりよくその役の感情や動きがつかめるとか、そういう長所をいかすには、思ってることを人に伝えることだよ。

そんなことをいったあと、子どもたちの行動ががらっとかわった。
このお話を、自分のイメージを出し合いながら、形にしようという集中力ができた。

自分の感じたことを、ことばに出せる子の場合は、どんどん「今、その意見をみんなの前でいったことは本当にタイミングがよかった。ありがとう」ということでほめる。
「いま、○○が、そっちはそんなに静かではないんじゃないって、自分の感じたこといってくれたよね。それってすごくいいことだよ。」
 


 自分の感じたことを、聞き入れてもらえる。それはたぶん子供にとって本質的なところで心地よいんだと思う。
 小学生でもテーマ活動に夢中になるのは、それが大きな理由の一つのはず。
 

「愛された記憶」

日経の「それでも親子」というコラムに歌手クミコさんのインタビューがのっていました。「愛された記憶」が財産というタイトルで。

私もここのところ、親には照れくさくて言えないけれど自分の中ではっきりわかってきたのが親に、愛された記憶、感覚がいかに自分にとって大切な感情かということです。

体験したことのない感情を理解するのは、難しい。寒い国にいったことがない人に、寒いという感情がないように。
何の根拠もないし、現時点で誰から言われるわけでもないのですが、自分の中にある「愛されている」という感覚は、実は幼いころに親から与えられたものだと感じるのです。

 私の両親は幸いなことに健在ですが、もしいなくなってしまっても、私がもらった自分が愛されうる存在だという大事な感覚は、一生消えることがないだろうというのも感じます。いなくなってしまったら寂しいでしょうが、一度自分の中に入っている感覚は消えない。
 かわった人と思われるかもしれませんが、青空に向かって「愛してくれてありがとう。」と言えてしまうような感覚。

 
 以前は、自分が神様から愛されている存在であるということを、まずは親が愛してくれることで体感させてくれる、教えてくれるんだと、逆に考えていました。(神様といっても、特別な信仰心はないのです)
 でも、親が、何のとりえもない、ウィンウィンどころか、世話をしなければならない対象である私という子供、存在を大切にしてくれたこと、そのことが私に、もっと大きな自然、宇宙から愛されていると感じさせてくれる偉大な行為だったのだなあと感じます。
 愛された記憶が財産とは、私についていえばそういうことだなあと。

 クミコさんは「相手が話したいことを聞いてあげることが最高の親孝行」だと思うそうです。
えらい!いつも忙しがってる私にはできてないこと。一日5分でも親孝行しなければね。

2014年2月19日水曜日

ちょっと早いひなまつり オーストリアの方と。

レギーナの作ったひな人形
















はるなのともだちなら会いたいといってくれて、我が家まで切れくれました。
当たり前のようであたりまえでないと感じたこと。「私たちとなにもかわらないね。」どこか何か違うのかなってやっぱりお会いする前は思っていました。これもよく言われることだけど、本当に目の色とか、そんなものだけが違うなと思いました。
 
 

 

2014年1月30日木曜日

「帰国子女のような英語に聞こえるんだ」がなぜか批判に聞こえてしまって悲しかった。

教室のお父さんたちも交えての夜の部壮行会兼保護者会でのこと。
お父さんから、「○○ちゃんの英語は帰国子女のように聞こえるんだ。」と
言われました。
 はじめは褒められてると思ったのですが、どうもサッカーの本田のような英語が
日本人としてのあるべき英語の姿で、ラボっ子のようにペラペラと発音よく話すのは
日本人父としてはなじめず、英語は話す中身が大事であるとの意見。
 夜の部だったのでお酒も入っていての発言だったのですが、ラボママの一人が
それはお父さんたちの勘違いだと激しく反論しくれたほど。

言われた本人は、大学でもただペラペラ話せばいいと思ってる、目的が「ペラペラ」な子が
いるから、指摘はよくわかったよ~と、納得していた様子。

私は、中高生もCD通りでとっても発音がよくなっている子が多いのは、教室運営の成果と
思ってるのですが、発音がいいとこんな風にもとられるんだとちょっとがっかり。
 もちろん、中身はあるわけだし。日本人同士では、早くてきれいな発音だと聞き取れない、
そういう意味なのか?

 私がやっと言えたこと。「いろいろな体験の場を用意して、中身も育ててます。」

それほど発音が良い子たちが増えたのはは、一番上の子たちがまだ小学生だった頃からは
考えられないくらいの進歩です。帰国子女みたいな英語っていわれる純粋な日本人。
これから南米留学でますます日本を外から見直す体験もできるし、「日本人磨き」をしてきて
くれることと思います。