こんなメンバーで学んでいます

こんなメンバーで学んでいます
クリスマス会での集合写真

2011年8月2日火曜日

母との約束 「なにがあってもあきらめない」

ジョン万次郎が、漂流にはじまる大変な人生をのりきった原動力にもなったと思われることば。

ラボライブラリーのジョン万次郎3話では、
I promised myself I'd never give up..
なにがあってもあきらめない

I swore that I'd make you proud someday
一人前になるまでがんばる・・・。

Mom.I've kept my word.
おれは、おっ母との約束を守ってきた。

母と再会したときに以上のようにいっています。

それを聞いて、子供たちのおはなし日記や質問シートで小学生から大学生までに
お母さんと約束したことは?と質問してみたことがあります。

「嘘をつかない」とかしつか上の約束をしている子はいましたが、この万次郎の母のような言葉を子供のこころに刻み込めているお母さんは、私も含めていまのところいなかった(笑)
そんな立派な母になるのはなかなか難しい・・・・。

ウガンダのマリーちゃん

きのうマリーちゃんのことを書いたら、きょうエアメールがウガンダから届き、ボランティアの方が手紙を送ってくれた中に写真も入っていました。


 髪を切っていました!
 きのう、来月の誕生日に贈るものを、カチューシャにしようかシールにしようかと娘と考えて、シールにして良かった~。

 わが子のこと、ラボっ子のことは、仕事がなくても四六時中考えているのですが、マリーちゃんのことは、毎月の仕送りの時期以外は、忘れがち・・・・。(仕送りは、娘、母、私の3人合同。)
 でも、こうして写真が送られてくると、本当に彼女の将来、幸せを心から祈る気持ちになります。

2011年8月1日月曜日

高校生の名刺集め

ラボキャンプで小さいころから名刺をもらう習慣のあった娘。
この間は、あるフォーラムのオフ会に参加して、たくさんの大人、大学生からも名刺をもらって帰ってきました。(高校生は二人くらいしか参加していなかった様子)

一年留学をして、アメリカの高校生たちが学校へいく車のガソリン代も、普通に自分のアルバイトで出す生活を見てきました。
 そのほか、世界には飲み水の整っていな国もある状況を知り、自分がいかに恵まれているかについて考えるところがあったらしく、帰国後、ウガンダのマリーちゃんという女の子にある団体をとおして毎月、自分のお小遣いから仕送りを続けて一年。

今年中に、大学の学部選びをする必要があり、そのためにあらためて、将来自分がどんな仕事をしたいのか考え直すために、いろいろな社会人の方とも出会える会に参加することを決めたようです。

帰ってきた日は、大使館、国連など、世界をかけまわって働く日本の方たちにお会いして、考え方を聞くことができた興奮で話がとまりませんでした。

日経新聞の電子版を自分のiphonで読めるようにしたり、名刺をいただいた方のツイッターをフォローしたり、スマホのつかい方も急に変りました。

最近は、いくら私が「新聞を読むといい。本は大事」といっても興味なさそうにしていたのに、
きょうは、一緒に本屋さんや図書館をめぐり、興味のある分野の社会科学系の本と英語の読み物を借りてきていました。

ラボで育ったことが、こうした彼女の志向に大きく影響していると思いつつ、大学にはいったら彼女がやりたいことはラボのテーマ活動やキャンプではないんだろうなと成長を目の当たりにして感じています。


そして、その会でいわれたこと「英語はツール。出来て当たり前。」
自分とは違った文化や内面を持つ人と知り合うことが本質的に好きな質で、英語も好き、そこを充分使って、生かしていけそうな分野の仕事に興味津々のようです。

2011年7月30日土曜日

くろひめキャンプ 13人で参加してきました。

行きのバスのなかで、他のパーティのテューターから「にっぎやかだね~。」といわれた越智パーティ。おもわず私があやまると、「おもしろくていいじゃない?」と先輩テューターの余裕の言葉。
 確かにバスにのると、ホームシックどころかうるさくて大変。

でも帰りのバスは、他のパーティもけっこうみんなうるさかった。くろひめでみんなと仲良くなって元気になってバスの全員のテンションがあがっていました。そして爆睡する子も出るなか、越智パーティは、みんな座席の後ろから「ティー!」「てぃー!」「ティー!!」と連呼してくる。熱を出して席を放したA君も負けずに呼びかけてくる。
 みんな、自分の体験を話したいんです。わかります。でも、あまりの連呼に、「呼び名が短いからいけないんだ!」とひらめいて、これからは「Tちゃん。」「Tさま。」とよんでねと訂正しておきました。

 おかしかったのは、新宿でバスからおりた瞬間に、S君が、「ママ!」ではなくて、「社長!」と、友達を見つけて、よんだこと。
 男の子って、普通のラボでもそうだけれど、男の子同士の仲間関係の中で、なんとなくおもしろい動きや発想、遊びを発生させてくる。
 ゲームやテレビがなくて、自然に触れたりするなかで、子供同士を生活の中で群れさせておくと、本当にゆかいな友達同士になれる。

 大人になると、男同士ってお酒でも飲まないと、初対面でそんなに仲良くなることはありえないのに、男の子のときは、くだらないことでほんっとに仲良く、「男の子の帝国」みたいなものを作り上げてのびのびと、群れ始める。
 
 S君が、帰りのバスで再会したときに、楽しかったこととして、「社長と○○」みたいなことを教えてくれて、私には「?」だったのですが、新宿でバスを降りたときに再会したあの子が「社長」だったわけですね~。

 
 

2011年7月4日月曜日

一年留学オリエンテーション 「一年留学は物語化できない。」

6月に娘のYが、一年留学のオリエンテーション参加する親子の前で、体験談を話しました。

直前になって、「一年は、一ヶ月と違って長い分、体験がいろいろありすぎて、物語化できないんだよ。」とか、高校の国語の時間にならった言葉を使って、困っている。

「実際、今から準備していくことなんてないし。」ともいうので、「もし自分が、これからいくとしたら何をする?」と聞くと、ひらめいた様子ではあったものの、ちょっと心配だったので様子を聞いてみた。

当日は、「Yさんの話が参考になった」と、感想のときにいってもらえたそうで、お役に立ててよかった。

一年留学をした人が体験をうまくまとめて語れない理由は、自分が体験してよくわかったともいうし、語りだすと、すごく具体的な授業の内容だったりする。
 Animal Scienceの授業をとって、それが日本にはないものだったので、とても良かったとか。

オリエンテーションでは何を話すしたのかなと、私も興味があったので、彼女が作ったスピーチメモをみせてもらい、なるほど、時々断片的に語っていることだし、精神面で参考になるかなと思うので、のせてみます。

最初の1,2カ月
 要領をつかめない、友達できない、そんなこんなで自信がなくなる
 そんなとき、どうしたか。
手帳にポジティブなことば、決意を書く。
 例 自分らしさを忘れない!!   会話のあるところにいるようにする。 周りと自分をくらべない
(この手帳は、帰ってきて見せてもらいましたが、細かいじでびっしり書いてありました)
先輩たちの体験談を読んで、「自分も何か残して帰る!」って思う。

今年 一年留学に参加する子達へ、自分が考えていたことややったことからアドヴァイス

○かっこつけなくていい、とにかくがむしゃらにがんばること!!

○自分はヒーローなんかじゃない(留学にいくすごい人みたいな)

○一年間もあるんだから、きれいになんか体験をきっとまとめられない。それでいい。

○英語は自分の努力次第。
発音は積極的になおしてもらう。
使える表現をメモする。
辞書を読む。
成長した分だけ、感謝する。


これから
 ○とにかく、日本の友達、家族にパワーをもらう。
 ○使える表現は、まあ、向こうにいってからでも・・・。
 ○単語とかは、自然に聞いてたら、身についてくる。
 

持って行くといいもの
 ロングマン英和辞典と電子辞書
 日本の紹介できるもの(日常生活とか)
 ライブDVD(これは、落ち込みそうになったとき、気分をあげるためと思う)
 日本語Tシャツとか靴下

  
 一年間いくのに必要なのは、自分を支える精神力なのかなと思います。

2011年6月19日日曜日

ジュニアリーダー広場の道中

 小4と小5、男女5人での道中。5人で、たったまま出来るゲームをしながら往復。(この
ゲームのアイデアは、結局はまれなかった韓国ドラマからいただく)

この年齢って、男女でわかれるのかなと思いきや、全員で仲良く話しながら、いって帰ってこれたことがとても良かった。みんな性格の優しい、いい子達ばかりです。
 
 ジョン万次郎にも、他のパーティの年齢の近い子とも知り合えたみたいだし、いってよかったです。

2011年6月12日日曜日

本当に受け継ぐことのできるもの

きょうの高学年活動を見ながら、ぼんやりと考えていたこと。

日々、自分は「何を」考えてるんだろうということ。
原発の不安?節電?晩ご飯の献立?仕事の段取り?

何を思い浮かべていてもいいけれど、本当に大切にすべきもの、
自分の人生をかけてやるべきことは何だろう?子供たちが、森の魔女バーバヤガーの話を説明したり動いているのを見ながら考える。


大切にすれば、受け継ぐことが出来るもの、続いていくもの。人の命だと思った。
自分ひとりの命は、100年後は、もう絶対に存在しない。
それどころか、今、ここに来ている子供も含めて、ほとんどの人が死んでしまっているだろう年月。

でも、子供が生まれ育っていけば、地球上に別の人の命は存在し続ける。
本当に100年後、人間は地球上にいるのか?
そして存在する人が、生きることを幸せと思える形で地球は残っているのか?
地球上の人が、様々な利害で対立して、戦争をしあっていたら?
自分の会社の利益追求を第一に考えて、環境を無視したり、他国の人を酷使したら?と十五少年漂流記の話をCDを英日で、元気に動く子供たちを見ながら、考え続ける。


今の自分が本当に大切にしたいことは、今日明日の自分が心地よく暮らせることではなく、その先の人たちに手渡せるものを有形無形に作っていくことではないだろうか。子供の成長。

今、新聞やメディアに出ているラボOB OGの生きかたから思うこと。
宇宙飛行士の若田さん 日本政策投資銀行参事役 藻谷さん 歌手の宮沢和史さん 俳優 佐藤隆太さん どの人も、この人が地球上に存在していてくれて良かったと、いろんな理由から思える人たち。
 
 ラボっ子であること。育てること。
これからクラスで取り組む「ジョン万次郎」の話を聞いていると、いろいろな時代の事情を考えさせられる。

鎖国をしていた時代 幕末 戦争 戦後といろんな時代が日本にもあり、その時々で、人が考えていたことも違ったとは思う。

 これからは?
日本国内にいても、日本人だけを相手に暮らすわけではなくなっている時代。
それなのに、自分の気持ちを同じ国の人にすら伝えられない、コミュニケーションのかたちがいろいろな意味で変化していっている。ひきこもる人もいれば、メールではいえても、直接話すことができない人も。

100年後の日本のために、私ができることは、テューターの仕事を通して子供たちに
 「人を信じて関わることの楽しさと大切さを伝えること」
 「英語に日々親しむことで、異なる言語の人同士でもコミュニケーションできることと、その楽しさ 充実感を体験してもらうこと」
 「自分の立場 気持ちだけで考えるのではなく、相手の立場 気持ちを想像する訓練を、物語を通して体感して 心の幅を広げてもらうこと」


そう考えるとラボが45年続いているという数字の大きさにあらためて気づく。
既に45年。このまま子供たちを意志をもって大事に育て続ければ、地球というスケールで物を考えてくれる大人が何人も育っていくと思う。
 その子供も、また教育を受け、育っていく。

 今、日本で政策を決めて実行する立場にある人の寿命はあと何年だろう?その人たちは、自分たちが作った箱、「会社」「政党」、そんな枠組みの中でいかに有利に自己満足できるかを一番に考えているように見える。
 あと2,30年の命なら、そんな生きかたを通してしまえば個人的には幸せかもしれない。などと、注文の多い料理店が、2月の発表テーマに決まったと聞いて考える。

 そして、私が本当に大切にすべきことは?
子供たち一人ひとりを見失わずに、関わり、育てること。今年は、こんな時代だからこそ「楽しい!充実してる!」と思ってもらえるように。